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さいごに
 人がものを覚えるという、このあまりに日常的で普段は当然のようにさえ考えてしまう「記憶・学習」という能力は、いまだに人が踏み込めない未知の領域ではあるのですが、今その一部分がようやく解明されつつあるということをこれまで書いてきました。そしてそうした研究の中で、LTPという魅力的なシナプス可塑性の性質に対して注がれている世界の研究者達の熱意が果たした役割は極めて重大な部分を占めているといえるでしょう。確かに、LTPが記憶の基礎メカニズムなのかという問に対しては、いまだに完全な解答が存在するわけではありません。しかしながら、仮に上の質問に対して私達の落胆が真実であったとしても、過去の膨大なLTPの研究が、記憶のメカニズムの解明に向けて大きな役割を演じたことは揺るぎのない事実です。今後、この分野がいかなる方向に展開するかは正直なところ予想すらつきませんが、少なくとも一歩一歩未踏の領域へ足を踏み入れて行けることを確信して私達は研究を続けています。そして近い将来、脳の一機能の解明という知識欲の満足と共に、この成果を生かしての認知症の治療法や治療薬の開発といった夢が現実になることを期待しているのです。

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