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酒から記憶を護る 酒は楽しみの1つとして人類にとっての歴史は相当に古いものですが、厄介な部分がないわけではありません。その1つとしてアルコール性健忘症が挙げられます。酒を飲むと記憶をなくす人がいますが、あれがまさにこの健忘症にあたります。私自身にもしばしば経験がありますが、全く困った代物です。実際に、アルコールを動物に飲ませるとLTPが抑制されることを私達は既に観察しています。どうしてそうなるのかという問題に関しては今は別に置くとして、このLTPの抑制を解く薬があれば安心して酒が飲めそうです。そして私達は、この作用のある薬を発見したのです11。 パエリャというスペイン料理を知っているでしょうか。ピラフの様なものですが、あのご飯の黄色はサフランという植物のめしべからとったものです。サフランはクロッカスの一種で、日本では大分県が主産地となっています。そしてサフランのめしべの成分の1つであるクロシンという物質こそがここで述べようとしている薬なのです。正常な動物にクロシンを与えても、LTPには何の影響も及ぼさないのですが、あらかじめクロシンを与えられた動物では、アルコールを飲んでもLTPは抑制されないのです。このようにクロシンには、LTPに異常があった場合にのみに薬として働くという、正常化作用ともいえる効果があったのです。 さらに私達は、簡単な動物の学習試験も行ってみました。アルコールを飲んだ動物は、物覚えが極めて悪くなります。人と全く同じです。しかしクロシンを前もって与えておくと、アルコールを飲んでも記憶力が低下しないことがわかりました。 以上の例は、LTPと記憶が関与するかもしれないという点を非常にうまくついた研究といえるでしょう。LTPに何らかの影響を与える物質を、今度は、薬という観点から見直し、記憶改善薬としての可能性を示したわけです。薬になりそうな物質を探すことを「スクリーニング」と呼びます。今回のこのLTPの研究では、従来のような記憶のメカニズムの解明などということはほとんど考慮していません。むしろスクリーニングのための1つ手段としてLTPを用いているといえます。これは従来にはなかった新しい視点で、LTPの研究に新たな展開の可能性が与えられたといえるでしょう。 |