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脳の可塑性
 私達は、日常生活において意識するしないに関わらず実に様々なことを記憶・学習しています。そしてそれは、物理化学の現象などから体験によって学ぶちょっとした知恵から、教養的な知識まで非常に多岐にわたっています。
 例えば、私達は誰でも、ジョージ・ワシントンがアメリカ合衆国の初代大統領であることを知っています。学校で習ったから、本で読んだから、親から教えてもらったから。どうして知ったかと訊かれたら、その答は人によって様々でしょう。しかしどんな人でも、当然、教えられるまえは知らなかったはずです。生まれたときからワシントンを知っている人などいませんから。しかし、こんな当たり前の話の中に、たいへん重要なことが隠されています。右図を見て下さい。ワシントンがアメリカ合衆国の初代大統領であることを知っている状態が、知っていない状態がNRだと思って下さい。横軸は時間です。年齢といってもよいでしょう。始めは誰でもNRの状態です。ところが今はRの状態です。この変化は、ある時点でのきっかけを境に起こっています。Cは人によって様々でしょうが、とにかく昔はNR、今はRの状態であることはまちがいありません。したがって、この間で脳に変化がおこっているはずです。覚えていない状態NRと、覚えている状態Rとでは、脳のなにかが違っているはずです。このことを私達は「脳の可塑性(かそせい)」と呼んでいます。広辞苑(岩波書店)には、可塑性とは「個体に外力を加えて弾性限界を越えた変形を与えた時、外力を取り去っても歪がそのまま残る現象」とあります。つまり脳の可塑性は脳はあるきっかけによってなんらかの変化をおこし、そのきっかけがなくなっても変化したままの状態でいるということです。実際に私達は、ワシントンを既によく知っていますから、思いおこすたびに、教科書を見返す必要などありません。それにしても記憶する時に、脳のなにが変化するのでしょうか。このなにかを知ることが、記憶のメカニズムを解明することへの第一歩と考えられます。

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